ときめいて子育てを

 

 
                                   
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 2月17日(月)晴れ
 作品展が終わった。その開園以来の大雪だったから、大変さも初めてのレベル。土曜日の保育園の作品展を順延に決めた早朝から、終日雪かきに精を出す。朝歩いて行ったときは風雨ともに強かったが、雪かきは雨がやんでよかった。帰りは転んで「年寄りの冷や水」にならないよう、ゆっくり帰った。日曜日は保護者駐車場の雪かき、作品展が終わって4時過ぎに帰宅した。3日ぶりの車での帰宅、自宅前は通路だけ家族がやってくれていただけなので、また雪かきをしないと車庫に入れられない。雪はもううんざりだ。
 それにしても作品は素晴らしいものがいっぱい。

一枚だけ取り上げるのは難しいが、この犬のしろちゃんを描いた年長組の子は、Babyからそのへ、その保育園へと、赤ちゃんのときから一緒だったので、これにさせてもらう。犬の口元、なんという素晴らしい感性と観察力だろう。

 話しは変わるが、1月中旬の読売新聞声の欄のページをもらった。掲載された川越女子高校の「就学年齢引き下げ」についての賛否両論のうち、反対意見がそのの卒園生だった。その意見を読んで、彼女を知る古い職員は全員感動した。以下、意見の全文である。

      幼少期に様々な体験を                 2年 久保田雛子  17

  幼いうちは、机の上では学べないことを、しっかり学んでおくべきだと思う。就学年齢の引き
 下げに反対だ。
  私が通った幼稚園は自然とのふれ合いを大切にしていたので、よく裸足で園内を駆け回っ
 た。太陽の光にあたった土は温かく、木陰の石は冷たかった。先生の用意してくれたプール
 に皆で飛び込み、泥だらけになった。泥のサラサラとした感触は、今でもはっきりと覚えてい
 る。
  田んぼで捕まえたカエルを死なせてしまったこともある。逃げないようにビニール袋の口を
 しっかり締めすぎて、窒息させてしまったのだ。申し訳なくて、胸がつぶれそうになった。
  自然の温度や感触、そして命の尊さは、学校の教科書では学べないことだ。感受性豊かな
 幼少期に、こうした体験を重ねておくことは、必要なことだと思う。


 2月1日(土)晴れ
 年長組との手紙ごっこは10日を経過し、盛り上がりを見せてきた。らいおん組の子どもから好きな絵本を訊ねられて、「スーホの白い馬」と「やまんばのにしき」と答えたのは先週の水曜日のことだ。その日、ボクの返事を見て、担任の山下先生が「スーホの白い馬」を読み聞かせした。早速5人の子からほぼ同じ趣旨の手紙をもらった。
 「すーほのしろいうまはすこしだけさみしいおはなしだね どうしてすきなんですか? ゆうかより」。白い馬に乗る切り絵のカットを入れた便せんで5人に返事を書いた。白い馬と少年の深い愛の物語と書きたかったが、『愛』という感情を子どもに説明するのは難しい。苦労して何故この本が好きなのかを綴った。これが木曜日である。
そして金曜日。らいおん組とぞう組の子たちに集まってもらった。10年前、「スーホの白い馬」の舞台となったモンゴルに乗馬ツアーに行ったときの写真を見せた。そこには背景に広大な草原が映っている。モンゴルの若者が馬頭琴を奏で、娘たちが歌って歓迎してくれたことを話した。
 その馬頭琴は、スーホが非業の死を遂げた白い馬の骨や皮で作ったのが始まりだ。モンゴルから帰るとき、馬頭琴をお土産に買った。おじさんは弾けないので高野先生に上げた。それがこの馬の頭が飾られた馬頭琴なのだ。…長い話を、子どもたちは真剣に、集中して聴いてくれた。

 それから高野先生が馬頭琴を弾いた。物悲しい低い音が保育室に流れる。終わっても拍手するのさえ忘れていた。
 その後、らいおん組の22人が馬頭琴を聞いて感じたことを手紙に綴った。

 以下はその一部である。(原文のまま)
*かなしいおはなしでした。かなしいおとでした。(まゆこ)
*かんどおした はるかわ(はるか)
*ふしぎなおとだった(しょうた)
*ばとうきんのおとわちょっとかなしいおとだったけどうつくしかったよ(そら)
*かなしいおんがくでした(さき)
*かなしいえほんだた ほんとかなしいうた(ともよ)
*きょうひいたやつきれいのおとだたからまたもてきてね(かほ)
*すうほのしろいうまわかなしいおはなしだね ちょっとかなしいがっきだね(しゅんすけ)
*ばとうきすごいおとがすごいきれいだたよ。あのさゆのききたいものがあただけどあのがきどこで  かたの(ゆの)
*ばとうきんかなしいきもち(まさき)
*ばとうきんかなしいおはなしだね?すごくかなしかったどうして!(ありさ)
*ばとおきんきかしてくれてありがとう(たいが)


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