ときめいて子育てを

 

 
                                   
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 3月28日(木)晴れ
 卒園のお祝いが終わってからあわただしく日々が過ぎていく。昨日は6年生の集いに99名が来てくれた。(玄関に進学先の中学などを書く寄せ書きに署名した人数で、書かなかった人もいるかも知れないが)。
 きりん組は昔どおりに輪になって“始まりの集まり”をやっていた。顔ぶれを見て、この組は人形劇のとき「かちかちやま」をやったのをおもいだした。あいにくの雨で、散歩も外あそびも出来ず、新しいホールで大なわとびなどをして遊んだ。
 お終いにみんなを集めて記念撮影をし、その後中学・高校時代の自立と友情について話した。

 まだ幼い男の子たちが初めはザワザワしていたが、話進めるうち、しっかり集中して聞いてくれていた。「その」の子は、学校では押しなべて落ち着いていると聞いたが、確かにそうだろうと納得がいった。
 しかし、集いはあっという間に終わって、子どもたちは窮屈な園バスの座席に座って帰って行った。後で寄せ書きを見たら、手紙ごっこで「わたしはパン屋さんになるから、おじさん買いに来てね」と書いてくれた女の子の署名があった。その子には気づかなかった。…子どもたちは去り、そして育っていく。

 おととい保育生協は一年を終え、今日からは先生たちも休みに入った。保育園の子どもたちは広い園庭を我が物に遊んでいる。事務所前のサクラが満開となった。
 年長きりん組の子どもたちが花見の昼食会を開いていた。5月のような暖かさだったので、ふざけんぼたちは裸になった。毎日のように一人、二人とほんとうに卒園していく。「…お世話になりました」お母さんから挨拶されると、この子どもたちにはずいぶん手紙をもらった。最初の卒園生くらい覚えていなくちゃ、と思うが、もはや記憶力の衰えた老体にはそれも叶わないだろう。


 3月26日(火)晴れ
 卒園のお祝いからもう一週間になる。園が三つになっては仕方がないのか、やり方にも問題があるのだろう。この一年は忙しかった。
 80歳を過ぎて気分的にも老いを実感するのに、少しも安らぐときがない。
 きょうは10時から保育生協の入園説明会だ。石原園長に「説明お願いします」と言われて、あれ、何を言うんだったっけ、と一瞬戸惑った。去年も、一昨年も、49回やってきたことだが、やはりこの一年は荷が重たかった。
 卒園のお祝いは、保育生協と保育園の合同だった。最初に保育生協の3クラスに保育証書を手渡した。最初の一人だけ本文を朗読するが、あべみゆうちゃんはたまたまベビーから6年間一緒の子だった。読むボクはみゆうちゃんの表情は見えなかった。後で写真を見ると、とても素敵だ。Babyとそので乳幼児期を豊かに過ごし、穏やかで自信に満ちているのがそのまま表れていると感じた。
 保育園の一クラスは最後になったが、トップバターのいたやましゅうたろう君も、しっかり顔を上げて聞いている。保育園の保育証書は新しいデザインで作った。絵本の主人公たちで金色に飾られているのは同じだが、半世紀前とは違う絵本も取り入れた。デザインした自分自身は「いい作品」と自画自賛している。それを今年は第1号から第22号まで発行したことになる。

 クラスでお別れをした後、ヨットの前で記念撮影をする。どのクラスも解散後なので全員集めるのに苦労していた。「元ひよこ組」「元Baby」などで集まるのは、もう帰ってしまった人もいて、全員は揃わなかったようだ。
 例年のように年長の4人の担任と記念写真を撮ってもらった。若い人たちに混じって働ける健康をありがたいと思うが、やはり年齢の差もあり、自分にこだわる老いの頑固さも災いして、昔のように同世代の“仲間”という関係は薄らいできた。
 いつまで一緒にやれるか、というより、一緒が許されるか、そろそろ思案のしどころを迎える。


 3月19日(火)晴れ
 先週の土曜日、16日は子どものそのBabyの第10回卒園のお祝いだった。
 ふじみ野駅前にBabyを建設したのは昨日のことのようだが、もう10年になるのか。2歳児で卒園というのは再び保育園探しが必要になるという困難が伴うので、親たちから敬遠されがちだったが、保育内容で選ばれるようになったのはたいしたものだ。今年の12名の卒園児は、うち1名が富士見市からふじみ野市に転居して「その保育園」に入園が決まり、のこり11名は子どものその保育生協に入園することになった。全員が「その」を選んだのは初めてのことだ。

 その卒園のお祝いに先立って14日はBabyの総練習、15日は保育生協と保育園の総練習とあわただしい日々が続いたが、その間も年長組との手紙ごっこは延々と続いていた。
 それも今日19日にようやく終わった。明日はいよいよ保育生協第47回、保育園第1回の卒園のお祝いである。
 昨夜も遅くまで最後の手紙書きをした。明日を前にした今日も来た手紙に返事を書いて、午後ようやく終了したのだ。
 子どもたちからもらった手紙の総数は802通、一人1日1通で返信したのは681通に達した。
 2月4日に始めて今日まで、土日・休日を除くと実質31日間、一日平均22通という計算になる。
 量も多かったが、子どもたちの変化は感動的でさえあった。前にも紹介した「一番大事なものは友だち」と3行書いた子は、最後は10字詰め6行の用紙に何と16枚の手紙を書いてくれた。しかもベイゴマの男巻き、女投げの必殺技を論理的に記述していて、驚くほかなかった。
 字は書けるけれど知っているかな文字を意味もなく書き並べていた子が、途中から意味の通った文を書けるようになったりした。
 手紙ごっこは他の先生や友だち同士にも広がっていったが、赤ちゃんのクラス、めだか組にも大

勢の子どもたちが手紙を書いた。クラスの出入り口に掲示され、夕方お迎えに来るお母さんたちを微笑ませた。
 そうした手紙ごっこにいくら誘っても加わらない子が一人いた。なんでも理解でき、出来るのだが、新しいことには尻込みする消極的なところがある。担任の先生も言葉をつくして誘うのだが、動かなかった。きょうその子をクラスに訪ねた。一人室外に誘って、「〇〇ちゃん、一枚も手紙書いてくれないから、卒園したら〇〇ちゃんのこと忘れてしまうかも知れない。一枚でいいから書いて」。その子は黙って考えていた。「誰もいないところで書いて。おじさん、紙も鉛筆も持っているから」そう言うと、うなずきはしなかったが、拒みもしなかった。小さい手を握ると、黙ってついて来た。
 保育生協の事務所へ行ったが、人が大勢いたので、切り紙の部屋に行った。並んで座って、「最初にのとさんへって書くんだよ」。〇〇ちゃんは筆圧のあるしっかりした字でそれを書いた。「うん。上手。今度はおじさんに言いたいことを書くんだよ。“卒園するから寂しい”ってかこうか?」。〇〇ちゃんは黙っていたが、同意はしなかった。「じゃあ、“**組はたのしい”って書く?」今度は同意したと思えた。そしてそれをしっかり書いた。もう一行書いて、「最後は自分の名前を書くんだよ」。〇〇ちゃんは、「〇〇」と書いて、自分で「〇〇より」と書いた。友だちの書くのをしっかり見ていたのだろう。「〇〇ちゃん、ありがとう。これ、おじさんの宝物だよ。後で返事をあげるからね」。二人はまた手をつないで部屋に戻った。ウッドデッキを〇〇ちゃんは弾むように歩いた。
 返事を帰り際、担任が手渡すと、とても嬉しそうににっこりしたという。もっと早く誘えばよかった。いや、なんでも分かる〇〇ちゃんだから、明日がない今日だからこそ書いたのではないか、と思えた。この一事だけでも手紙ごっこの冥利は尽きると、ボクも嬉しかった。


 3月7日(木)晴れ
 きのうは年長組のお別れ遠足だった。福岡高校裏の冒険コースに同行した。フェンスにのけぞるようにつかまって崖の上を通過すると、旧新河岸川のよどみに出る。
 1メートル弱の川幅を子どもたちが躊躇しているので「跳べばいいじゃん」と跳んだ。対岸は緑の草が茂っていたが、なんとヘドロを覆い隠す草だったとは! 跳んで着地した右足が膝までもぐった。手に持ったデジカメを捧げ持つのが精一杯。靴が脱げないようにヘドロを掻き分けながらようやく脱出する。ズボンも靴下も靴も泥だらけ。
 運動公園まで最後尾のきりん組と歩く。暑いくらいの天気、ボクの影を踏んで「能登おじさんの頭踏んだ」「やめて。イタタ…」「おなか踏んだ」「イタタ…」。運動公園でみんなと別れて、着替えのため園に戻った。
 年長組が留守の間に、年中組以下の子どもたちが年長組の部屋を掃除して、「卒園おめでとう」の装飾をしてくれた。
 年長組が帰って、装飾に大喜び。昨年は自分たちもやったので、やってくれたのが誰かは分かっている。「ありがとう」「きれいにしてくれてありがとう」とお礼を言って回った。
 保育園のきりん組は違った。「小さい組にお礼の手紙を書こう」と子どもたちから声が出た。こんなことは年長組でも初めてのことだ。
 今時分は例年手紙ごっこの真っ最中だ。けれどそんな発想はこれまでなかった。

 保育園だからお別れ遠足から帰った後もたっぷり時間があることもある。ちょうどきりん組は手紙ごっこが最高に盛り上がっていたこともあるかもしれない。
 そこにいない小さい組の子たちに手紙を書けばお礼の気持ちを伝えることが出来るということに気づいたのは素晴らしい。
 この日もボクのポストにはたくさんの手紙が届いていたが、その中で、「ぬまにはいって からだはどうですか」と、ヘドロに跳んだボクのケガを、ただ一人心配してくれたのは、きりん組のひろと君だった。
 きりん組の手紙ごっこの盛り上がりの中で、ひろと君は意味の一貫した文章が綴れるようになった。その手紙から気持ちが素直に伝わってくる。きりん組の22人から、2月5日から3月7日までの約1ヵ月で210通あまりの手紙をもらった。

 アスレチックの補修と年中組ウッドデッキの塗装替えのお父さんボランティアに延べ17人のお父さんが参加して下さった。きれいになったウッドデッキで子どもたちは暖かい日差しを受けて給食を食べたり、遊んだりしている。

 アスレチックも太い昇り棒を2本、新しく取り替えてもらった。ゆらゆら橋も痛んだ3本を取り替えてもらった。ターザンロープの足元の柱が腐食していたのを取替え、補強して安心にしてもらえた。そのアスレチックで子どもたちは元気に遊んでいる。今回は保育生協を中心にしながらも、保育園からもお父さんたちに参加していただいた。お疲れ様でした。


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