ときめいて子育てを

 

 
                                   
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 2月25日(月)晴れ
 給食が終わったちょうちょう組やみつばち組の子どもたちが切り紙をやりに来た。事務所で給食を食べているボクの目の前を行ったり来たりして「お代わりするんじゃないの?」と話し合って、早く食べ終わるのを待っている。カレーうどんを飲み込むように食べて、切り紙の部屋に行く。
 このごろ年長組が来る前に、一足早く給食の終わった年中組が来るようになった。年中組でもなぜかちょうちょう組の好きな子たちは年長組以上に切るのがうまい。
 で、年中組のお相手をしていると、年長・らいおん組のこうき君が来て、「おじさん、らいおん組の迷路が出来たから、見に来て」と誘った。
 「うん、うん、」と生返事をしたが、切り紙が忙しくて、そのままにした。切り紙を終えた後、らいおん組の担任から「こうき君が忙しくてダメらしいとがっかりしていますよ」と連絡があった。「あ、そうだ」とらいおん組に行って、迷路に入った。狭いダンボールの道は、這って進むのが精一杯だ。後ろから足に乗るは、スリッパは脱がせるは、中で邪魔されても振り返ることも出来ない。
 迷路はもう他のクラスの子たちも遊びに来ていて大賑わいだ。すのこの上にダンボールを敷いたすべり台と魚釣りコーナーが人気で、お客さんがいっぱいだった。


 2月9日(土)曇り
 写真展示や作品展の準備などで忙しいなか、月曜日から年長組の子どもたちとの「手紙ごっこ」が始まって、またひときわ忙しくなった。
 月曜日はくま組の30通に返事を書けばよかったが、火曜日は次のらいおん組と2クラス分になり、昨日はついに書く返事が最高になった。さいわい連休が入るので、その間に書けばいいわけで、ホッと一息だ。
 判読に時間のかかるのもあれば、例えば「こましょうぶしよう」といった同じような手紙に、変化をつけて答えるのに考える時間もいる。所要時間を測ってみたら、一通7分から9分だった。例年のことだが、結構体力がいる。

 しかし、大変な面もあるが、子どもの文章に感動することも多い。いまはメール全盛の時代だが、手書きの手紙をもらうのは嬉しい。子どもたちもそうだろう。「へんじちょうだいね」と念を押すのは手紙をもらう喜びがあふれている。手紙は目の前にいない人に思いを伝え、また離れた人の心を知る。手紙を書き、返事をもらって、新しいコミュニケーションの方法を学ぶ。
 子どもたちの文字は逆さ文字だったり、誤字・脱字、文にならない羅列が目立つ。それを正すために手紙ごっこをするのではない。それは本来学校の仕事だ。ボクらは、文字や文字を綴った文のもつ力と感動的に出会う機会になってほしい…そう思って、手紙ごっこにとりくんでいる。

 きりん組のとわ君の手紙。 「のとさんへ
                   なにがいちばんすき
                   とわはともだちだよ」
 ボクは、とわ君の一番仲良しの男の子を思い浮かべた。それから保育園年長組一期生の22人の子どもたちを思い浮かべた。たった3行の文字が涙でかすんだ。
 返事の最後に「とわくん、すばらしいことばをありがとう」としたためた。

 らいおん組のかなちゃんの手紙には、「のとさんわ かなのことお ちいさいときからみてくれてありがとう」とあった。2通目には、「かなわもうそつえんだよです、けどわすれないでね、」とある。
 ボクは返事に「ベビーのときから一緒だから、かなちゃんとお別れは寂しいよ」といった意味の返事を書いた。翌日かなちゃんから返事が来た。
 「わたしもさびしいよでもいちねんせいになるのもたのしみだよこれからもおうえんしてね」
 負うた子に教えられるとはこのことだ。子どもたちは前に向かってすすむ。素晴らしい姿に感動だ。


 2月1日(金)晴れ
 穏やかな小春日和だった。10時過ぎ、手作りの面をかぶった子鬼が120匹あまり、次々と現れて小さい組に押し入った。
 保育園2階の0歳・1歳児の部屋には、さすが押し入りはせず、ベランダからガラス戸を紙製の金棒で叩いただけだったが、それでも大声で泣き出す赤ちゃんもいた。炒り豆はまだ食べられないので、それを投げさせられず、新聞紙を丸めた“豆”を投げて鬼を追い払った。

 子鬼たちは年中組から年少組へ、繰り返し押し入った。一隊が去ると、また別の一隊が来る。そのしつこいこと。泣く子もいるが、気丈に豆を投げる子もいる。隊長らしい大きい鬼は、金棒でテーブルや床を叩いて鳴らし、子どもたちは金棒で突っついて、「悪い子はいないか。野菜を食べない奴はいないか」と叫ぶ。

 今の子どもたちは暗闇を知らない。人の力ではどうすることも出来ない自然の恐ろしさを知る機会もない。それが人から謙虚さを奪ったという。世の中には恐ろしいことがあるのを知るのは大事な学習かもしれない。かくて“ナマハゲ”などが生まれたのだろう。

 もうその位にして、と言いたくなるほど、子鬼たちは我が物顔に振舞って、戻って行った。その姿が消えて間もなく、また太鼓の音がどろどろと鳴り響いた。今度は、鬼の親分が黒子の手下らしい男を引き連れて現れた。去年まで毎年現れていた赤鬼は、なぜか今年は姿を見せなかった。
 鬼の親分は、2歳児・3歳児の小さい組は相手にせず、4歳児の部屋から戸を叩いて押し入った。
 作戦で部屋の入り口にバナナの皮を散りばめた部屋では、親分は見事に滑って転んだが、隠れた毛布やダンボールは乱暴に剥がして、子どもたちに襲いかかる。阿鼻叫喚とはこのことだろう。そこでボクの出番だ。
 鬼もよく知っていて、ふだん暴れん坊の子を抱きかかえて連れて行こうとする。「その子はいい子です」と叫びながら、ボクは救出する。そして機会を見計らって「鬼は外!」と、豆粒を投げつける。親分は派手に転び、這い、そして逃げていく。

 鬼が去った後、子どもたちは「怖い気持ち」を薄め、和らげるために、大きな画用紙に鬼の絵を描いた。生き生きと素晴らしい鬼が描けていた。
 ボクは月曜日に「鬼の親分は怖かったね。泣いた? 怖かった?」と年長組に手紙を出し、その返事に、また返事を書く「手紙ごっこ」を始める。しばらくは手紙ごっこに追われる毎日になるだろう。腱鞘炎にならないように、4Bのやわらかい鉛筆で、頑張らなくてはなるまい。


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