ときめいて子育てを

 

 
                                   
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 2月23日(水)晴れ
 保育園の建設工事は急ピッチだ。屋上のプールで美しいタイルの貼りこみが進んでいる。内装工事とともに外構工事が始まった。
 給食室への設備・備品が搬入され、大型の天火や食器洗浄機など従来なかった新しい機械で、真新しい近代的な設備が整ってきた。

 事務所で仕事をしていると、くま組のあいちゃんとめいちゃんが顔を出して、「今日だよ、約束」と言う。「え? 何の約束だったっけ?」「しょうだよ」。
 それで思い出した。二人からほとんど同文の手紙で「雲梯ショウ」の案内をもらい、「うんていショウなんて面白そう。行くよ」と返事をしてあったが、今日ということまで決まっていたかどうか。とにかくカメラを持って年中組南側の雲梯まで見物に行った。二人で何度も往復した。
 今回の手紙ごっこを始める前、赤い「のとおじさんのぽすと」を作ると、早速手紙が投函された。家で書いてきたものらしい封書で、手紙の差出人は『めいあい』となっていた。思い当たる子がいなかったので、書き間違えかと、園児名簿の似通った名前を探したが、見当たらない。返事の書きようもなく、今も保管している。それがめいちゃんと、あいちゃんであることがわかったのは手紙ごっこを始めてからだった。
 根っからの仲良しなのだろう。うんていショウもふたりの呼吸がぴったり合って見事だった。


 2月21日(月)晴れ
 作品展は今年もよかった。ボクも子どものときから絵を描くのは大好きだったが、幼児期は家庭にいて、こんな大きな紙もなければ、描きたくなる刺激もなかった。小学校で図工の時間があって、絵が好きになったのかもしれない。
 “今の子どもたちは”と、しつけの良し悪しで何か言われることが多いが、環境と指導さえよければ今の子どもは素晴らしく伸びていかれると、この作品展でも実感した。
 ここに掲げた二枚の絵は、上は人形劇を演じた後の作品、下はザリガニ釣りの体験を描いた。これが代表作というわけではない。生活体験を見事に表現できた作品はゴマンとあった。
 電子メディアの発達がもたらした子どもたちの精神構造への悪影響は否定できないが、自然や友だちと交わって生きれば、潜在的な能力は昔日の比ではない。ほんとうに素晴らしい子どもたちと、この齢になって一緒にいられるのは幸せだ。

 このところ忙しくて保育日誌も書けなかった。新しい保育園の園児が第一次審査で90人あまり決まり、初めての受け入れで多忙を極めるが、それで「その」の仕事を疎かにしないと決めているので9月から始めた切り紙は手紙ごっこの始まりまで精魂こめてやったし、今は手紙ごっこだ。
 手紙ごっこは2月6日に始めて、20日まで、実質

12日間に延べ434通の手紙をもらった。返事は一人一日一通ということで、325通書いた。書く前に判読に苦しむものもあり、字を覚え始めの子ども宛だから、一字一字止める、はねる、払うも意識して書くと、コンをつめてやっても1時間に8通から10通というところか。結構寝不足になって、それは辛いが、子どもたちの手紙はいろいろ発見があり、面白い。楽しんで手紙ごっこをやっている。

 たとえば、こうすけ君の手紙は毎回「のとおじさんへ こうすけ」だけだ。いろいろ問いかけて答えを引き出そうとするが、一日5通もくれても、みんな本文が書かれていない。そのうち、お母さんが「自分の名前が書けるようになって、嬉しくて嬉しくて、毎日名前だけ書いている」と話されているのを人づてに聞いた。そうか、それなら名前だけでいい、と思った。
 手紙ごっこは文字を教える活動ではない。「その」は小学校ではないのだ。文字や文と感動的に出会ってほしいと願っての取組みなである。こうすけ君が名前の文字を覚えた、その喜びを手紙にして人に伝えたい…と思ってくれたのなら、それで充分だ。コマ勝負でこうすけ君に会った。「こうすけくん、苗字も一緒に書いてよ」と誘ってみたが、「オレ、書き方知らないもん」とあっけらかんとしていた。
 ところが2、3日してもらった手紙は「のとさんへ 〇〇こうすけ」と苗字が書かれているではないか。しかも、その後、「のとさんへ でんしやでこうすけといつしよにしんかんせんのりにいこ  〇〇こうすけ」としっかり文章になっている手紙が来た。後で担任に聞くと、「おじさんに手紙を書きたいことがあるから字を教えて」と言ってきたので、教えたということだった。「自分で手紙を書きたいと言ってきたの?」と、ボクは喜んだ。

 ベビーのいちご組(0歳児)から一緒だったらいおん組のかい君の手紙には涙が出た。「いちごくみからみまもってくれてありがとう。そのからわかれるのはさみしいがこんど〇〇もいくからね。 かいより」。〇〇君というのは弟で、いまベビーのみかん組(1歳児)にいる。やがてそのにくる日もあるだろう。
 今年の子の手紙は質問ばかり多くて、卒園や入学への思い、情感のこもった手紙は少ない。でも、少しずつ別れに触れた手紙も出始めた。一緒に悲しむのでなく、入学へのお祝いと激励を書くようにしようと心に決めている。


 2月10日(金)晴れ
 手紙ごっこが始まった。しばらく忙しい毎日が続く。字が書けなくて先生に教えてもらいながら、「おにこわかた ないた」と、かろうじて判読できる手紙をくれた子も、ボクの返事を「読んで」と先生に頼み、ニコニコしながら聞いて、クシャクシャになるほど抱きしめているのを見ると、何か自分がいいことをしたような幸せを感じる。
 手紙をもらうのは誰でも嬉しい。遠く離れた人と心が通い合うのは感動なのだ。この感動のなかで文字や文に出会ってくれたら、というのが手紙ごっこの趣旨だ。この子は何を伝えたかったのか、判読はそれを知ることだ。しかし、コマのことを書きたかったのだろうと推察できても、その子がコマを回せるのか、ベイゴマまでできるのか、そこまで知らずに書くのに不安を覚えることもある。

 きりん組のしゅんたろう君がこんな手紙をくれた。(原文のまま)
 「のとさんへ まえわきりがみありがとうきりがみたのしかたよきりがみそとであそべなかたときもきりがみでたのしくないきぶんがたのしいきぶんにかわちゃうからね のとさんきりがみありがとう」
 目に見えることでなく、自身の心の中を認識し、しかもそれを文にできる力に感動する。今の子どもは

ボクたちの子ども時代とまるで力が違う。それをちゃんと伸ばしていくにはどうすればいいか、「その」だけでなく社会全体で考えなければならない課題だ。


 2月4日(金)晴れ
 2年前、節分の前日に白内障の手術を受け、眼帯をしたままで鬼の親分に立ち向かい、鬼にやられたわけではないが、最後のクラスが終わると、目眩でぶっ倒れ、救急車で1週間入院したことがある。
 今年は特別な仕事に追われて疲れてもいるし、倒れるのは許されない立場なので、節分はムキにならないことにした。
 出陣の準備をしている大きい組をのんびり見学した。なかなかよく出来たお面だ。金棒も太くて立派である。
 年中組を荒らしまわって年少組に差しかかるころ、お面が破れて手が離せない子が続出する。急いで事務所へ戻って、ガムテープを取ってきた。石原先生も取ってきて、手分けして修理する。
 小さい組に入って、泣く子たちに睨みを利かす姿が格好いい。
 最初にひよこ組に来たのはらいおん組だった。先生一人で部屋に入り、子どもは外で待たせた。それでも子どもは怖がって泣く。気楽にやるつもりだったが、ここは助っ人にまわる。前日、キンカンのクッキング保育をしたばかりだから、子どもたちも受け入れてくれた感じだ。
 そうこうするうちに子鬼どもは意気揚々と2階へ引き上げて行った。ここからが出番だ。
 髪の毛が赤く、目も赤く光る親分。縞模様、鬼のパンツをはいた赤鬼と、黒装束の黒鬼の2匹。
 年少組、年中組は軽く鬼と戦い、連れ去られようとする子どもを助け出したが、親分たちも年長組なると張り切り、俄然強くなる。
 どのクラスでも何人か横抱きに連れ去れそうになった。山下先生と屋良先生も足を引っ張られて大変だった。勇気ある子が助けるのを手伝ってくれる。「マメ、マメ。マメを投げるんだ」と叫ぶが、とっくにマメはなくなったようだ。ボクはズボンのポケットに山のように押し込んできた。鬼の親分に投げつけながら、二粒、三粒口に入れる。それでも自分の齢の数だけは食べられないだろう。
 手加減してよかった。用があって午後、市の保育課に顔を出すと、県から認可申請書手直しの指示が来ていた。帰って早速その仕事にかかった。


 2月2日(水)晴れ
 昨日、年長組の卒園記念写真の撮影をした。今年年中組に留年したのり君は随分成長して、元のクラスと一緒に卒園する。撮影会場へは機嫌よく来て、保育証書も手にしたが、何か気に入らないことが起きて、外へ行こうとする。いつも一緒の助手の先生の言うことも聞かない。仕方なくボクが抱いて撮影する羽目になった。最初は泣いていたが、ボクとは気の合う関係なのでじきに泣き止んで笑顔で撮れた。それにしても46回目の卒園記念写真で抱っこして写るのは初めてだ。まあいいか。
 そのあと、ひよこ組の子どもたちと庭のキンカンをもいだ。植えて2年目。黄色く熟してきて、誰か取るだろうと心配したが、先生の部屋の窓下にあるので園長が見ていると、触ってみる子はいるが、取ろうとはしなかったという。とにかく無事に黄色くなった。
 一人ずつボクの指定した熟した実をもいだ。結構力が要る。青いのはそのままにして、収穫は525グラムあった。
 いつもの通り今朝は4時半ころ目覚めて、キンカンを煮た。種を取るのに相当の時間がかかる。横二つ割すれば取りやすいが、珍しい食べ物には警戒する子が多いので、さらに半分に小さく切って食べやすくした。おいしそうに煮えた。
 そのへ持っていって、居合わせた先生に食べてもらうと、結構好評だった。食いしん坊の内山先生は「おいしいよ」と他の先生を連れてくるので、隠してしまった。

 10時過ぎ、節分の豆まきに備えて豆入れの箱に色紙を貼っているひよこ組の工作が終わるのを待って、キンカンを食べた。昨日もいだ果実だが、口にしようとしない子もいる。11人(欠席1人)のうち3人は食べてくれなかった。お代わりする子は何回もしてくれたのだが…。
 残りを持って帰ろうとすると、「おじさん、何もっているの?」「見せて」と赤い帽子の年長らいおん組の男の子、4、5人に取り込まれた。見せれば欲しがる。「内緒だぞ」とひとつずつ口の中へ入れた。「おいしいね」「ありがとう」と走り去って散歩に行くクラスの行列に加わると、俺たちうまい物食ったといったのだろう。らいおん組に取り囲まれてしまった。

 「仕方がない。内緒だぞ」…ひとかけらずつでも足りてよかった。散歩に行きかけて、男の子が戻ってきて言った。「おじさん、どうやって作るのか教えて。うちは蜂蜜をつけて食べるんだけど…」
 教えるのは大変なので、「おじさんのホームページに作り方を書いておくから、お母さんに読んでもらいな」と答えた。というわけで、内山先生や丸山先生に教えたレシピを紹介しよう。

 今回作った量を例に書きます。
 ▼キンカン525グラム。 ▼グラニュー糖(キンカンの3分の1)180グラム。 ▼酒 40cc
 キンカンは横半分に切り、種を全部ほじり出す。
 たっぷりの水で、アクを丁寧に取りながら、10分程度煮る。
 ゆでこぼし、鍋のアクもよく洗って、酒、砂糖をまぶして、弱火で、5分〜10分煮る。(時間は食べて
 みて適当に)
 おろし際に、隠し味にお醤油をひとたらしして、出来上がり。


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