ときめいて子育てを

 

 
                                   
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 12月26日(月)晴れ
 空は晴れ渡り、寒い日が続いている。工事中の保育園の屋上から富士山が美しく間近に見える。きょうはお母さん有志の希望で切り紙の講習会を開いた。
 1月22日の親子そのまつりではぞう組が切り紙を担当するそうなので、その日の役に立てばいいと思って、作品例を台紙にはって用意した。3連休をほとんどその準備に使った。好きな仕事だから苦にはならない。
 年長組を対象にした切り紙あそびも、今年は3年目になるだろうか。今年も9月に事務所に「切り紙店」を開店して、はや4ヵ月になる。お正月過ぎには「手紙ごっこ」に集中しなければならないので閉店することになるのだが…。
 今年の2学期はことのほか忙しかった。保育園が着工し、たくさんの役員や職員に協力してもらったが、それでも理事長の仕事は増えた。
 やってもやっても片付かない。ほとんど土・日なく仕事してきた。疲れすぎて眠る体力が衰え、睡眠導入剤のお世話になることもあった。

 しかし、先生たちは、「保育園の工事のために保育がずさんになったとは言われたくない」という気もち、いや、「保育園が出来るんだから、模範となる保育をしなくては」と覚悟して、頑張っていた。
 運動会も、表現活動の参観も、人形劇も、環境は工事のために悪かったが、子どもたちの取組みは例年を遥かに上回ったとボクは感じた。
 負けないで頑張らなくてはならない…そう思っても、年老いたからだには限界がある。夜も家に持ち帰って切り紙の下絵を書いたり、保育園認可申請書を書いたりしていると、ホームページを更新する時間も体力も残らなかった。

 ただ子どもたちとの切り紙の交流は手を抜かなかった。今年は立体的に昆虫を表現する新しい素材も取り入れた。切り紙に参加した延べ人数は今年が最高のような気がする。
 その延長線で今日の講習会を迎えた。 

 小学校が冬休みに入っていたので、お母さんが上の子を連れてきた。小学生だけで16人いた。文庫は超満員。小学生だから子どもたちも自分の勝手で制作に没頭するし、お母さんたちは初めての人もいただろうが、子どもにかまわず集中できたようだ。2時間やると疲れるが、子どもたちに「飽きたらアスレチックで遊んできてもいいよ」と言っても、「もっとやりたいから」と続けていた。下の写真のようにたくさんの作品をお土産に出来たようだ。
 ぞう組のクラス委員も参加されていたので、親子そのまつりが楽しみだ。


 12月13日(火)晴れ
 今日は桜井さんと齋藤さんがクリスマス・コンサートで演奏会をして下さった。お子さんの卒園後も「その」を忘れず、忙しい音楽活動の中、時間を割いて下さって、本当にありがたい。
 お二人だけでなく、「その」の親は心豊かな人が多くて、嬉しい。子どもたちを真ん中に、父母と先生がひとつになろうとする「その」の半世紀の歩みの到達点だろうと誇りにも思う。
 桜井さんのヴァイオリンの美しい音色、齋藤さんの繊細でしかも力強いピアノの演奏、目の当りに聴いて、子どもたちは何を心に刻んだろうか。
 演奏は素晴らしかったが、聴いている子どもたちも素晴らしい。狭い会場に身を寄せ合って、それなりに集中して聴くことが出来た。
 「赤ひげのトナカイ」「ジングルベル」「あわてんぼうのサンタクロース」など、知っている曲のときは大きな声で一緒に歌った。いい笑顔、表情だった。
 年長組は「これで終わりです」と言われたとたんに、「エーッ」といっせいにブーイング。もっと聴きたいという声の中から「アンコール、アンコール、」と大合唱が起きた。…こんなことを言うと、笑われてしまうかも知れないが、小学校入学まで集団生活をしたことのないボクたち“むかしの子ども”には考えられない利発さだ。
 切り紙をやっていても、根気があるし手先も器用だ。これが5歳、6歳かと驚嘆することもある。
 それでいて外遊びが大好き、ケンカできる友だちもいる。やがて就学しても、こんな幸せな時代が続くことを願って止まない。

 保育園の園舎は随分形になってきた。空調設備が天井に取り付けられ、サッシュの窓や出入り口もほぼ取り付けられた。明日から屋上の防水工事が始まる。来春4月には開園するが、そこでも「その」と同じような保育をやり遂げるためにも、今の「その]を大事にしなければならない。“匿名”ではない心ある父母とともに、新しい出発を確かなものにしていかなければ、と覚悟する。


 12月8日(木)晴れ
 表現活動の参観が終わって、今週はやきいも一色になった。
 まず手始めに、年中組が6日にやった。園長も、石原主任も、山中さんも、やきいもはベテランだから、わざわざボクが手伝うこともない。昔は、なかなか焼けなくて、午前に火をつけて、昼寝から醒めてやっと食べられた、ということもあった。そのころは籾がらをもらって、田んぼで焼かせてもらったこともある。
 その後、焦げないやきいもが良いというので、濡れ新聞に包んだ時期がある。何年も続いた。「やきいもは焦げたところがあって、やきいもだ」とボクが主張して、今のアルミホイルで包むだけ、薪で火を焚いて、オキを作った上に並べるという方式に変えてから、3〜40分で焼けるようになった。そんな経過があって、年寄りの知恵が尊重され、未だにボクが出しゃばっている次第。どこかでやきいもからは引退しようと思っている。
 落ち葉で焼いた芋はサイコウにおいしい。戦後の食料不足の時代に食べた農林100号″などというサツマイモとは品質が違う。待ち焦がれた子どもたちには、とりわけおいしいだろう。
 7日は、地域開放事業うさぎの広場でやきいも大会をした。この日も大好評だった。
 8日は、そのBabyでやった。同じベニアズマでもBabyはSサイズだったので、火の通りがよく、アルミホイルで包んだ2歳児が飽きる前に焼けた。
 明日は、午前・年少組、午後・年長組の予定で、明後日はBabyの餅つきなので、今週は火あそび″の連続だ。
 そのせいで切り紙の準備が出来ず、人形劇最後の週から「きりがみはおやすみです」の日が続いている。お休みの掲示があっても、毎日「なんでお休みなの?」と何人かは聞きに来る。なんとか頑張らなくちゃと思っている。
 それにしても落ち葉焚きのやきいもはいい。これは日本の文化だ。拾ってきた落ち葉を測定して、大気中の低い線量と変わりないことを確かめた。自然とのかかわりの中で豊かな子育てをするためにも政府のきちんとした対応を求めたい。


 12月5日(日)晴れ
 昨日年長組の人形劇が行われ、一連の表現活動参観は終わった。年少組の劇ごっこ、年中組の買い物ごっこ、自由で伸びやかな子どもたちの可愛らしさを、参観の父母は楽しまれたことだろう。 年長組になると、3年間の成長はすごい、よくここまで出来るなあ、すごい、頑張ったね、という感動に変わる。
 「1ヵ月あまり、みんなで繰り返し話し合って…」と最初にやったらいおん組の担任の終わりの言葉を聞いて、お母さんが部屋を出ながら、「シマちゃんの話聞いたらウルウルになっちゃって…」と話すのが聞こえた。
 午後の部のくま組の担任は「みんな頑張ったけれど、年少のときから絵本を毎日読んでもらって、友だちといっぱい遊んで…そうした積み重ねがあればこその今日でした」と、そのの保育の集大成であることを語ってくれた。
 今年は仮設園舎の保育室をぶち抜いて、特設の舞台を作った。そのために年少・年中組が練習中は仮住まいの部屋で保育してくれた。そののみんなが人形劇発表会の重みを理解して、年長組の担任たちを支えてくれた。
 ボクは何も手伝えなかった。自己紹介の写真を撮ったくらいだ。狭い部屋で、観客の父母たちと子どもたちの距離が近く、互いに呼吸が聞こえるくらいで、とても暖かい観劇会だったと思う。舞台裏を支えた深野園長と石原主任の奮闘を讃えたい。

 最後のぞう組が終わって外へ出ると、雨があがっていた。朝から土砂降りだった。参観に登園するご家族は大変だっただろう。でも、楽しんで観てくださって、ありがたい。終わって事務所で、お天気だった去年より絵本の売り上げが多かったことから、「今年の大きい組の親たちは何事によらず違うと思う」と口々に言う。事務所から見てだけど、供給事業でも、観劇会でも、そのほかどんなことでも、今年の年長組はむかしの親″みたいだそうだ。地代は変わる。人の気持ちの持ち方も変わっていく。その中でも「そのの保育」は守っていかなければ、と改めて感じた一日だった。


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