ときめいて子育てを

 

 
                                   
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 10月27日(木)晴れ
 山形県まで検査に行った鉄骨の一部が搬入されて、昨日立ち上がった。園庭から見て一番左側、一階は職員室と給食室、2回はホールのあたりだ。近くで見ると手馴れた作業ぶりだが、よく考えられた安全対策がとられている。
 立ち上がった鉄骨を見て、思わず「もう引返せないなあ」とつぶやく。石原先生に「いまさら」と笑われた。

 朝、前日ひよこ組が抜いてくれた赤カブ(ハツカダイコン)を刻んで三杯酢で食べた。前の小松菜の味噌汁のようにはいかない。少し辛味がある。お代わりしたのは5人だけ。大根の仲間だから煮物にした方がよかったか?
 このところ遠足や検査やいろいろあって「きりがみはおやすみ」の張り紙をする日が多かった。やっていても不在のときは紙をもらって帰るだけ。切り終えたのを持ってきて、ボクに「合格」と言われるのも楽しみらしい。
 今日は3日ぶりの店開きで、来る子が口々に「きょうは合格あり?」と聞く。給食を食べながら背中に声を聞いて、「合格ありだよ」と答えていると、女の子の声で「ひさびさだね」と聞こえた。思わず振り返ったが、誰が言ったか分からなかった。それにしても「久々」とはすごい。


 10月21日(金)曇りのち雨
 保育園設計士の竹内先生、構造設計の柴田さん(元その理事)や近藤建設の二人の監督と一緒に鉄骨の製品検査に行った。山形県尾花沢市まで日帰りでは忙しかった。
 ミツワ鉄鋼は業界でもHクラスにリンクされている工場ということで、広く設備も整っていた。屋上のプール下で最も大きな荷重を支える柱と梁を詳細に検査した。この柱は鋼材でも特に強度の強いものを指定してあるということで、強度計を使った検査をした。また溶接部分を超短波による探傷検査なども見せてもらった。すべて良好な仕上がりを確認した。
 駅まで迎えに来てくれた社長さんに鉄骨の値上がりについて尋ねたところ、震災の復興事業が手つかずで、需要がないために値上がりはわずかだが、本格化すればグンと上がる可能性もある、ということだった。入札前、震災の影響で鉄骨が上がるのではないかと心配したが、いい時期に着工できたのかもしれない。
 完成した鉄骨を順次運んで、10月26日から建て方が始まる。ほぼ一週間足らずで骨組みが完成するだろう。明日は保育園の入園説明会だが、雨が心配だ。
 今日の年少組の遠足はどうにか天候が持ったが、これには参加できなくて残念でならない。


 10月20日(木)曇り
 18日の朝、基礎工事の配筋検査があった。設計士の竹内さん、構造設計の「その」元理事の柴田さんが丁寧に見て回っていたが、何も分からないボクは写真撮影だけだ。
 地盤改良から基礎工事の間、職人さんたちの組織的な作業の進め方、寸法に厳しい作業などを感嘆して眺めてきたので、たいした手直しはないだろうと思っていた。
 検査の途中で、ひよこ組の遠足に同行する時間になったので、失礼してバスに乗った。遠足というのはやはり楽しい。子ども時代は誰でも待ち遠しい行事だったのではないか。今年は前日の年長組多摩動物公園には行けなかった。年少組にも行けない。多分、ひよこ組とBabyのりんご組、それに年中組の3回になるだろう。3回とも高坂の動物公園なのはウンが悪い。

 バスは渋滞もなく順調に着いた。シマウマ、きりん、馬とゆっくり見て歩く。きりんのところで記念撮影をする。
 じきにお弁当の広場に着いたが、日当りのよい芝生は暑そうなので、雑木林に入ってブルーシートを敷いた。お弁当の様子を一人ひとりスナップに撮ってから、たくま君の隣で弁当を広げた。
 たくま君はまだあまりしゃべらないが、畑で採れた小松菜のクッキング保育以来、少し仲良くなっていた。今日は動物園で感動することがいっぱいあったらしく、言葉にならない叫び声で一生懸命に話しかけてくれていた。
 給食でも白いご飯以外はあまり食べない子なので、お弁当も白い小さなお握りだけだった。ボクの卵焼きを奨めたが、絶対に口にしようとしない。でも楽しそうで、ボクに小さなお握りをくれて、食べろというように促した。食後、林の中で遊ぶのも生き生きしていた。
 それから「ふれあい広場」へ行く。ちょうどお昼ころで広場に客の姿はなく、巨大な亀やヤギ、ひつじ、豚が静かに迎えてくれた。入り口にトイレ掃除用くらいのブラシが下げてあり、ヤギの角の間などを擦ると喜ぶとかいてあった。早速何本かとって子どもたちに貸した。道具があると、自分の手で触るよりずっと安心なようだ。怖くないのが分かれば手でも触れる。ほとんどの子が怖がらずにヤギと戯れることが出来た。そのうち掃除道具を見つけてヤギの糞を片付け始めた。みんな夢中になってやる。その傍らでヤギの糞をブタが食べてしまうのを唖然として眺めていた。
 ふれあい広場でたっぷり遊んで帰路に着いた。みんなよく歩き、よく楽しんだ。

 その翌日はBabyの同じ2歳児、りんご組の遠足で同じ高坂の動物公園に行く。
 昨日は張り切って栗赤飯をふかしてお弁当にしたが、2日目はもうその元気はなく、それでも少し早起きして焼きおむすびを作った。遠足を楽しみにした小学生の気分は70年も生き続いているかのようだ。
 Babyは今年からコースを変えて、牛舎から新しいペンギンのプールへ向かった。有名になった旭山動物園の展示方法を模倣したのかもしれないが、ペンギンの泳ぐ姿は、こちらのほうが遥かによく見える。子どもたちは大喜びだ。巨大な水槽の足元が長椅子代わりになって、ペンギンたちを背景に記念撮影をした。
 そこから大人の足で600歩ほど下りると、ふれあい広場だ。
 きょうもブラシを持たせて角の間を擦るのを教えた。例年Babyの子は日常的に動物に触れる機会がないせいか、怖がってヤギの近くにはなかなか行かないのだが、今年はブラシを持っているので平気で近づけた。角の間だけでなく背中をこする子もいるが、ヤギは一向に平気だ。ブラシを持って垣根越しに綿羊の頭をこする子もいる。
 そのうち手で触れるようになった。ブタを追いかけているのはももちゃんか。それにしてもワイヤーブラシのように固いブラシが、魔法の杖のように子どもたちを動物に近づけたのは驚きだ。
 手を洗って、お弁当広場へ向かった。頑張って歩いて広場で弁当を広げる。こういう場面では、保育園の子は生活習慣での自立が進んでいて、スムーズにできる。お弁当を食べ、広場でひと遊びしてから、逆コースで馬、きりん、シマウマと見て、バスに向かう。さすが疲れているらしく歩みは遅い。まあよく歩いた。頑張った。
 帰りのバスは2人は最後まで眠らなかったが、10人は気持ちよさそうに眠った。順調にBabyに帰り着くと、保育室には昼寝ふとんが敷いてあり、バスから抱かれて昼寝布団まで直行する。
 2日続きの遠足、どちらも楽しかった。ふだんあまり遊んでやれない子たちと、一日一緒にいて、少しは仲良くなれただろうか。
 帰ると昨日の配筋検査の後にコンクリートが流されて、基礎はほとんど完成していた。


 10月10日(月)晴れ
 先週の金曜日のことだが、大きい組の子がビニール袋に入れた赤とんぼを見せてくれた。誰かが捕ってくれたという。園庭に赤とんぼが飛ぶ季節になってしまった。稲刈りもすっかり終わり…保育園の工事は大掛かりな地盤改良が終わり、基礎工事がかなり進んだ。
 10月26日から数日で鉄骨が立ち上がる予定になっている。その鉄骨は山形県で製作中。そのの仕事が少しは震災支援に役立っているらしい。10月21日には設計士と現場監督が工場に検査に行くようだ。
 金曜日には文庫委員会主催の陽だまり講演会が下福岡集会所で開かれた。旧園舎が取り壊されてホールがなく、こういうときは不自由する。でも50人あまりが参加してくれてよかった…と言いたいが、あまりにも感動的なお話だったので、もっと多くの人に聞いてほしかった。
 子育て講座の講師もされているという関根紀子さんは、親は目に見える子どもの成長に期待しがちだが、内面の成長は目には見えないと言うところから説き起こして、子どもは言葉を食べて心を成長させると、自分の子育ての体験を織り交ぜながら語られた。絵本の楽しさに触れられたのは、講演の最後と言ってもいい時間だったが、おそらく聞いた人みんなが深く納得したのではないか。

 土曜日(8日)は子どものそのの入園説明会だった。今年は保育園開設の関係で募集定員が少なくなることが予定されたので、広報も控えめにした。それでもちょうちょう組の保育室がギュウ詰めになった。そのの保育方針や保育内容の説明をしっかり集中して聞いてくださったのが嬉しかった。

 午後、合同建設委員会の開設準備小委員会が開かれた。半年後には新しい保育園がオープンするのだし、いつも準備に忙しい思いをする「その」の新学期も同時だから、覚悟して取り組むことがいっぱいだ。過渡期をなんとしても乗り切らなければならない。

 夜、チェコ・フィルの演奏会に国立劇場のコンサートホールまで行った。席は最前列のど真ん中、指揮台の下というか、すぐ後ろで、半年も前の発売直後に申し込んだのに「こりゃなんだ?」と思ったが、これが大当たりだった。目の前1.5メートルに指揮者が立つ。多分指揮者にはこう聞こえるだろうと思える音を聞くわけだ。ただ、座席が低い位置だから、管楽器の人たちは譜面台の陰で全然見えない。
 視力の低いボクは今まで見えなかったが、この席だとヴァイオリンもチェロも古びた由緒ありそうなものばかり、傷跡も色も一つ一つ違うのがよく見えた。
 そして、チャイコフスキーの「悲愴」のあの荘重な出だしがコントラバスとビオラで奏でられるのを初めて知った。曲目は「悲愴」とドボルザークの「新世界より」だった。2曲ともコンサートで聴くのは3回目くらいと思うが、外国のオーケストラでは初めてだった。スラブの人がスラブ民族の音楽を奏でる…全然違う音楽に聞こえた。

 「悲愴」は重々しいが悲愴というよりはドラマチックで情熱的でさえあった。それがロシア的な重たさと一つになっていた。…青春時代、この曲をよく聞いた仲間がいた。やつらは今どうしているだろう。まだ生きているだろうか。ボクは青春をどこかに忘れてきた。やりたかったことを、何一つやれないで、いま終わりに近づいている…多分、多くの人が来し方を振り返りながら聴いたかもしれない。
 終わっての拍手は並のものではなかった。アンコールを求めてではなく、ひたすら感動を、ありがとうを拍手に変えた。
 アンコールの「スバル舞曲」もよかった。本場ものだ。指揮者は拍手に感動していたかもしれない。激しい指揮の果て、舞曲の最後、一回転してタクトを止めると、その勢いで指揮台から転げ落ちた。
 とても素敵なコンサートだった。寿命がウン年延びただろう。


 10月5日(水)
 運動会が終わると、天気予報に無関心になってしまう。今日は雨の予報だが、まだ外の様子は見ていない。雨(ホント?)
 1日Baby、2日その。予報はよくなかったが、どうにか雨は来ず、暑からず寒からずでまずまずの運動会日和だったろうか。そのの方は保育園の建設工事中で、雨は困るし、延期も差支えがあって心配したが、やり通すことができて、ホッとしている。

 Babyの運動会は、いつもながら可愛いの一言に尽きる。特に戸板の坂道をハイハイしながら、ママをめざして登る赤ちゃんの笑顔。サイコウだ。

 上の写真Baby2歳児のジャンプ。去年は「おばけ退治」がテーマだったが、今年は「めろんパンを買いに」だった。日常のあそびの中にあるストーリーにそっているので、みんな主体的に参加する。ジャンプも高低を選択できるのがよかった。

 二枚目の写真は、そのの2歳児の競技。こちらはかけっこ、リズム運動、この競技と3種目に出場する。跳び箱は年長組を見ていて憧れだった。大きい6段によじ登り、後ろ向きに下りる。跳び箱についている穴の形と位置がよくて、ぼろぼろシートのを使っていたが、運動会前日、深野園長の助力を得て、ボクが張り替えた。結構きれいになった。

 運動会の圧巻はやはり年長組のソーラン節だ。昔風の“漁師の踊り”をかたくなに守って指導している。ソーラン節は労働の文化だ。家事の電化や少子化で、子どもたちは労働から遠ざけられて久しい。それが胸を張り、たんでん(下腹部)に力を入れて、腰をしなやかに力強く動かす肉体を滅ぼしてきた。それに警鐘を鳴らすソーラン節の踊りなのだ。

 運動会準備の多忙な時期も、終わってからも、年長組の切り紙は盛んだ。給食後の自由あそびの時間押しかけてくるので、材料作り、補充に毎日2時間以上かかっている。マイッタ。



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