きりえ  「メリーの夏」

 



 

再制作した作品

 




 やぎのメリーが来たのはいつのことだったろうか。
 最初は小さな子やぎで、比企郡の農家からもらわれてきた晩は、朝まで泣き通した。やがて子どもたちに可愛がられて、かけがえのない「その」の家族の一員になった。
 年長組のクラスが1週間交代で「やぎ当番」をする。朝、新河岸川の土手や休耕田の緑の中につないでくる。腹いっぱい食べるから、夏などは夕方迎えに行くと、はちきれそうな大きなお腹になっている。それでも別にお腹をこわすわけではない。若いころは、綱をはずしたり、杭を抜いたりして脱走し、よく近所の畑を荒らした。草よりは作物の方が美味いのだろう。そのたびに謝りにいった。しかし、それも若かった頃だけで、最近は久しくそんな事件は起きなかった。
 メリーを草のなかにつないで帰ると、子どもたちはやぎ小屋の掃除だ。「くせえ、くせえ」と言いながら、糞を履き集め、水を流す。バス通園の子がそろう9時半ころから作業を始めるが、10時のいっせい保育までには終わらないから、メリー当番の週は朝の集まりが遅くなる。当番の仕事はしないで、いつまでも遊んでいる要領のいいヤツも現れる。
 年長になればやぎ当番……それは年中組の憧れのひとつだ。メリーは子どもたちの生活の欠かせない一部だった。やぎのいる幼稚園……メリーは「その」のシンボルでもあった。2000年8月、夏休みの暑い日、メリーは一人ぼっちで死んだ。


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