きりえ 「ひめりんごの花咲いて」




 砂場のそばのひめりんご、花カイドウ、白モクレンの3本の木は、退職した永井先生が記念に植えたものだ。
 彼女は開園した翌年、斎藤先生、仲本先生らといっしょに「その」に来た。独身のときは山田先生と言った。
 就職の面接は、渋谷の「らんぶる」という喫茶店だった。働いてくれる人を探すのが大変な時代である。彼女はちり紙まで計算して生活できるかどうかを心配した。そのの給料では自活は無理だった。若い仲間と同居して、そこを「麦笛荘」と名づけた。大原のそのあたりは一面の麦畑だったから。そこで若い先生たちは仕事も生活も共にしながら、保育というもののあるべき姿を探求した。彼女たちだけでなく、それは「その」の青春時代であった。
 昨年10月、私はひめりんごの渋くすっぱい実を60粒ほどもいで、焼酎と氷砂糖で漬け込んだ。3ヶ月たって試飲してみると、渋みも酸味もなくて、ただやたらに甘い平凡な果実酒だった。


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